2013/04/26
光はとても多い、いつも通り気づけない
久しぶりに夜に仕事があった。『ねぇ!ねぇ!久保君!あそこを見てご覧よ!』と上の人に言われて、見てみたら黒猫が闇の中をのそのそと歩いていた。あれ~と意味分からない返事をしながらその人を見ると『あれは、黒猫って言ってね、見るとロクなことが無いって云われているんだよ』と満面の笑みで言った。時々変わっていて感じがいいなと思える人がいる。正にそれだった。自分にない感覚を突然見せられるといつの日も驚いてしまう。ずっと前からアフリカのビートとエイトビートにはまっている。これはずっと知る前から(生まれて人生が始まった時点でってことだ)あった感覚のような気がしている。それとは真反対にあるものだ。時々、こういう事があるから楽しいと思える。最近、それに気づけたのが嬉しかった。
2013/04/23
それなら私は海になりたい
すべてが勘違いで出来ていると少し周りのことを見て思っていたら、あ!オレも別になんら変わらなかった!なんて気づくことは、ヨクアル図鑑の438ページあたりにかいてありそうなことですね。この間、浮世から離れた場所に結果的に行ってきました。竹林は人を無意識に無意識にさせるような力がある。全体的になんか静かで尚且つ完全にきれいなのは久しぶりだったので気分が良くなった。アメリカのマラソン大会爆破事件に不可解な印象を少し受けた。あの爆発は本当に離れた公園のテントで息を潜めて小型テレビを見ているような奴の犯行だと当時は思っていたのだが結末に少し茫然とした。本当に久しぶりにALBUMを出せることになった。作品を作ってから結局1年以上過ぎてしまった。なにかあるたびに商品化されてないこの作品を聴いてきた。いい色が感じよく溢れていて好いものが作れたんだなと思っている。出すことを決めてくれたツトム君、音を再構築してくれたタイタイ君に本当に感謝したい。今さんとかっちとイタ。あと、ユウ君やマッちゃん、オカ君とかも、あぁ自分は恵まれていたんだなあと感じることが多い。この間、久しぶりにエミリーワトソンが出ている新作を観たのだが、改めて白旗を掲げた。本当チャーミング。水中に潜って息をとめている状態になるべく早くに行かないといけないと感じている。せっかくの機会と休息と自由を得たのだからもう少ししたらひとつひとつやらなければと重たい身体で思っている
2013/04/09
鞘から色や柄や影や光や固体や力や思いや
長い間、途中で途切れたままの文章を途切れたままで置きっぱなしにしてしまった。別の方向に意識が行ってしまったまま戻らないといった癖を治したい。そして、残してあった文を読んで肩に力が入っているな、平然としていないなと少しばかり心が騒ついて消した。もはやグッパイアイロニーレノンである(意味はなし)。または、さよならわたしが泳いだ太平洋である(此方も意味はなし)この何週間の間、沢山ライブをやり、沢山の良い出会いがあった。やはり演奏するという行為で事や柄は出来るのがよく分かった。ライブはどんなふうになっても続けていきたい。母が初めて行った歌と朗読の企画『迷走の時は』に出た。洒落た色が随所に織り込まれた素晴らしい企画でとても楽しかった。思えば、自分が物心ついた時には既に自主企画のようなものをやっていた。母からは全部を繋げていくような印象をよく受ける。ヨッシー君の企画はまた様々で良かった。ツトム君のジェームズバグのカバーや曲、言葉の並べ方が新しくて印象的でうぉって思った。同じようなものを作れたらなと思った。ヨッシー君の人柄が企画そのものに出ているようでいいな〜と思った。足利から来たフルーツ&ベジーズのメロディーセンスが面白くてきれいで楽しかった。あと、アイさんの企画はこれまた洒落ていた。酒井さんが『おい、久保君、これ余ったからあげるよ』と言ってALBUMをくれた。本当に嬉しかった。格好のいい人だ。父が元気になっていた。昔はこんなふうに元気に話す人だったんだよなと話を聞きながら一昔前を回想した。これも嬉しかった。甥っ子が家にきた。自分が子供の頃より頭がいい。何事にも物怖じしない強い男になってほしいと動物のように動き回っている甥っ子をみておじいさんみたいな事を考えた。チャーミングに育っているまた会っていろいろ話せればと思った
2013/03/16
呼吸が出来る空間
すべてはちゃんと繋がるのだと最近はより強く思っている。生きている中で常日頃からあの時の行動が今に繋がっているのだと気づく頻度が多くなっている。今日、小説を書こうと突然思いました。そして、それは後になってからきっと自分の中で繋がるに違いないとまるっきり根拠がないけれど猛然と感じました。訳のわからないような未完成なものになっても構わないから何も考えず文字の羅列を始めようかなと。例えば、昨日の昼に観た幸せのピースというパズルにのめり込んだ主婦を描いた映画に胸をうたれたこと。分かっているようであり、何も分かっていないのだなとすべての物事と自分を遠目から見た時によく感じること。繋がらなくてもそれらをそのまま並べて書いてあるようなものを作りたい。かなり退屈なものが出来上がってしまおうとも以前よりもずっとその退屈を楽しめるように思う。また今はそういうものが作りたいのだ。アンビエントからのアンビエント、そこから発生するアンビエントの先のアンビエント(笑)。狂うことなく静かに目の前の生活をそのまま写したようなものが作りたい。LIFE IS WATERの二枚目、板橋君(才人ですな)が歌や演奏を録音するのを全体的に手伝ってくれるみたいだから面白いのが出来ると思う。何も気兼ねしないでいいような人だし、いい友人を持ったと本当に思う感謝。もはや形にならなくてもこれといって何もないから別にいいといった以前とは少し違う境地にいるのだけれど、本気でしかない感じでやりたいという思いは以前より現在の方が強い形である。歳をとると共に石みたいに固い退屈なものなっていくような人間とは逆行した生き方をしたいなと思って生きてきたけれどそういえば元来自分は石みたいな人間なんだと最近感じて寂しい気分になる時がある。それならば思うように落ち着くまでは人前に出ないで何かを作っていたい。そうだとしたら小説である。浅はかだと思われてしまうだろうか?そう、自分はずいぶん浅はかなんです。もう世界全体に謝ってしまいたい。あの本当にごめんなさいね……。昨日、早くに寝たので早くに目が覚めた。今日も健やかに晴れている。小春日和とは今日みたいな日をいうのだろう
2013/03/09
2013/03/07
始動するマーチ
音楽を一切聴けなくなる(音自体が嫌になる)時がまたやってきた。毎年、予兆なしに大体一ヶ月から二ヶ月くらいずっと音楽が聴けなくなる。毎年、どうなってしまうのかとその度に落ち込んだものだが、もう歳を取ってそれ自体に慣れたせいか落ち込まずにすんでいる。その代わり文字を沢山読んでいる。いろいろなことに慣れてきた。例えば、平然と茫然とすること。こうして、あることをただ文字にすることにも慣れた。このようなことが良いか悪いか分からないが悪い気分ではないから、自分はただ良かったと思っている。明るくなるような事はないのだが、例年に比べてずっと落ち着いた状態で春を迎えられている。外の空気が暖かく柔らかくなってきたのが嬉しい。今日の新聞にチャベスが死んだと載っていた。本当によくやった人だった。ゴダールの全発言が載っている分厚い本を借りてきた。読み始めて、10分ぐらい過ぎたのだろうか?これだったら映画を観たほうが良いだろうと思い本を閉じた。
2013/03/05
神様が家にやって来る(新しい名前)
インフルエンザにかかり仕事を休み、本を読んでは眠っている。脳も身体も久しぶりにすっきりしていくのが自分で分かる。こんなに完全に休んでいるのは高校の時に入院した時以来かもしれない。あの時も病院で本ばかり読んで寝ていた。確か読んだのは太宰治さんと大江健三郎さんだった。今、読んでいるのは山本周五郎さんだ。とても楽しい。あの時に読んだものは弱っていた自分に確かな力をくれた。今、山本周五郎さんが同じように力をくれている。文学って本当に素晴らしいと大学の時に大好きな教授がしみじみ言っていたのだが自分も今、心からそう思う。人間の生活のひとつひとつについて、それは、起きてから眠るまでのひとつひとつについて考えさせるような力があると思う。どんどん0になっていくのが分かる。ひとつひとつちゃんとやり始めたいなと思う。何もないけれど素晴らしいって今日みたいな日を指すのだと思う
登録:
投稿 (Atom)
