2013/03/04

日と日の真ん中の断片

太宰さんがとんでもなく研究家だったと最近知った。他の作家の作品なんて読みませんなんて言っていたのも本人による嘘だったと知った。自分の家に本自体を置かないようにしていたらしい(何にも読んでいないように思わせるために)。では、どうしていたか?本をたくさん持っている 友だちの家に入り浸り、借りまくっていたのである。自分で買って読んですぐに捨てたりもしていたのだろう。凄い根性である。子どものような人だったんだなと思った。時代の違いは相当あるのだとは思う。また太宰さんの作品を読んでみようと思いました。話は変わり自分の話を少々。幼年期はずっと赤が好きであった。青年期は急に緑が好きになった。最近は気づいてみたら黄色が好きになっていた。自分だけかもしれないが好きな色は歳と共に自然に変わるものなのかもしれないと思った。他の動物でも同じようなことはあるのだろうか?ありそうだ。さて、また話は変わるがトムウェイツの『恥をかきながら歳を取っていきたい』という言葉。知った時に本当に救われたような向かっていくような気分になった。すべてがあるような気がした。

2013/03/03

これまで

曲を作る時にこだわっていたのは曲の中にある材料だった。詩ではなく、ただ普通じゃないように思いたいが為に作り出した材料だった。一度その重要だと思っていたことを捨てたいなと思った。なんでこだわっていたのか分からなくなってしまったのだ。海から帰ってきてからずっと寝ている。久しぶりに普段考えないようなことを考えている。そうして、思ったのは最初に記したようなことだった。自分がそんな意識がなくても無意識に型とかルールを作っていたんだなと思った。0になっていくような感覚がちゃんとある。熱で浮かされている身体に涼しい風が少しづつ吹いているようで心地良い。風邪のために身体が重くて動けない。こんな日はただいろいろと考えているだけでよろしかろうと思う。

葉山へ思い立ち行ってきた

今日は海を見に葉山に行ってきた。久しぶりの海は静かできれいだった。長くいたせいか日が沈む頃には完全に風邪を引いていた。明日が日曜日で良かった。それにしても海はいつ見てもいい。美術館のシーフードカレーは高かったけれど、材料が新鮮で美味しかった。また来ようと思った。いい休日でした

2013/02/11

干した服が揺れている

三連休の最後の日横になっている。時の流れの早さが最近五倍くらい早くなったような気がする。友人にそれを話したら、皆口を揃えて『そうだよね~』としみじみとした調子で誰もがうなづく。まあ、全体的にもそういうことなのだろう。なので、皆さんも時間が五倍くらい早くなったことをちゃんと理解してからこれからの生活を作ってみてはいかがでしょうか?とか言ったら変な顔をされてしまうのでしょうか?でも、変な顔をしながらもその人は胸の奥底でそういったことも、無い話でもないぞと思う気がするのは私だけでしょうか?!?だけれど、まあ仮に思っていたとしても、そういった気にするという行為と理解は全然異質のものだから多摩川からアフリカくらいの凄く遠い距離が出来てしまうので無いのと同じなんですけどね。常識じゃないからと消されている事柄が知らないだけで沢山あるような気がしています。そうなると本質はなんなのか?人が色々と考えて作ってきた理論なのか?表向きにはそうなのだろう。裏向きにもそうなんだろう。そうなると感覚だけが異質になる。もう春、時間の流れが早くなると共に自分の目には風景がより鮮やかになっていく

2013/02/09

それから

数日前に友人の長谷川さんが作った映像を観た。とても良くて色々なことが考えられたのが本当に良かった。良い作品というものはパッと観た時の印象だけでは終わらずどこまでも余韻が残る。友人がそれを作っているような気がして良い気分になった。そして、自分がそれに関係をしているというのは本当にありがたいことだなと思った。何度も何度も見ている。昨日は違う友人の横田君の写真の展示と討論会を観に今川さんと長谷川さんと恵比寿に行って来た。向上や発展や努力がそこにはあって感銘を受けた。スライドショウ、横田君の世界がばっちりとあった。討論会は言葉の螺旋階段みたいですべてを把握とまではいかなかったが、作品のすべてを言語化出来ないといけないんだなと理解した。それは本当に大変なことだ。説明が苦手でよく人から何を言っているか分からない時があると言われ続けてきた自分には到底出来ないような気がした。意味がたくさん出来るのはいいことだと聞いていて思った。全部終わってから夜ご飯を長谷川さんがよく行くという、安い中華のお店に行く。ジュースや麦酒やお茶が一律280円で面白いなと思った。ふたりと色々と話した。楽しくて麦酒が美味しい。途中から横田君とか他の写真家さんなども加わり沢山話をした。麦酒が美味しい。皆、精一杯頑張っていて傷もついていてそれでも頑張っていて偉いなと素直に思った。広がる作品が作りたい。人の心を悲しくさせないものを作りたい。一日が終わる頃には大事なことをずっと忘れていたことに気づけた。日々の虚しさは当然とそこに海のようにあるのだけれど、自分はそこばかりを見てしまっていてあんまり良くなかったなと反省をした。馬鹿でありポンコツであることは本当に困る。人間だものなんて思いたく無いから目の前にあるこの虚しさと向かい合って全然違うものに自分がする努力をしたいなと生活全般のことを考えた。またちゃんとしたい、ちゃんとやりたいなと改めて思っていた。。本当に2人の友人の作品を見れて良かった。機会を作ってくれた今川さんに感謝した

2013/01/08

シーユーアゲイン

朝、目を覚ますと今日は比較的明るい。二度寝をする。起きてからシャワーを浴びて朝御飯を食べる。色彩が暗めの朝ともお別れかと思うとなんとなく残念。その後は散歩する。気分はひらけて行く。もっと一人で全然知らない街に行き歩けば良かったなと思った。まだまだ先が長いから機会はまたあると思うので、その時が来たらパッと動けるようになっていたい。オランダでの日々は短かったけれど色が濃くてとても充実していた。気分が晴れた。誘ってくれた姉に本当に感謝をしている。そして、準備を整えてから空港へ。空港に着き、バーガーキングにてハンバーガーとポテトを頂く。オランダのジャンクフードはことごとく美味しかった。帰りは、ベルギーから来た子供のショーンと妹のジェシカ、左で右に赤ちゃんを連れた千葉から来た若い女の人だった。楽しかったけれど家に着く頃にはヘトヘトになっていた。窓から見えた寂れた団地群に凄い春のような色の郷愁を感じた。少し前と景色が変わって見えた。色々な自分を取り囲む物事に、始まりであれ終わりであれ挨拶は必要。今日という日は飛行機の中でも、バスの中でも、部屋の中でも殆どの時間目をつむっていた。これでオランダ日記を終えようと思う。何か新しいことを始めたい。来月はLIFE IS WATERで企画します。

昔々と変わらない街

目覚ましを朝の6時にかけておいたのだがそれより前に目が覚める。まだ真っ暗だ。シャワーを浴びてから準備を整えて朝御飯を食べてから外へ出る。今日は今までで一番遠くに出掛ける。1000年以上前の建造物が残されて使われている街マーストレヒトへと向かう。昨日の疲れが残っていたので三人でレッドブルを飲む。レッドブルはこの旅では予想外の発見だった。元気でいられるならとりあえずはいい。ロッテルダム中央駅から列車に乗ってユトレヒトまで行き、ユトレヒトからマーストレヒトまで2時間半の旅。話はそれるのだが、見る人見る人がとても映えている。外人さんをここ何日かたくさん見て、自分は完全にアジア人で日本人なんだなとちゃんと理解した。こんなことを考えるとも気になるとも思ってなかったけれどそんなことは全然なかった。やはり自分という人間がそこに重点をおいていなくても、こうして持っている形は紛れもなくずっとそのままの形で見られて死ぬまで存在し続ける形なんだなと思った。ちゃんと理解出来たことはとても良かったと思う。この環境にずっと身を置いている姉は偉いと思う。またそれが彼女にあっていたんだなとも思った。さて、元に戻ろうと思う。マーストレヒトは空気が独特であった。マーストレヒトは厳かでよく映画で見るような中世の街であった。暗くて静かであったのが印象的だった。お昼にチャーミングなイラクの方がウェイターをやっているピザ屋さんに行く。出てくる料理出てくる料理美味しい。半分の料理が注文が届いていなくてこなかったが、一品一品の料理の量が多かったのでちょうど良かった。その後は、教会、お店などをぐるぐると周る。時間の経過と共に景色に目が慣れこの街を好きになっていく。暗くなる頃には完全に好きになっていた。有る建物の殆どが古くてきれいで歴史が見えていい建造物。テレビの中でしか見たことがなかった絵のような街であった。帰りに駅のジャンクフード店で買ったポテトスペシャル美味しかった。オランダの人は沢山ソースをかけるということが分かった。明日、日本に帰る。オランダでの年越しと年明け最高だった。お金が殆ど無くなったけれどいろいろ考えられて良かった。夜は帰ってからハイネケンを飲んで寝た。